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 The Japan Society of Archives Institutions Kinki District Branch Bulletin
 全史料協近畿部会会報デジタル版
 No.60  2018.4.5 ONLINE ISSN 2433-3204
 第144回例会報告
2018年(平成30)3月10日(土)
会場:京都造形芸術大学


近現代写真資料に対する保存処置を体験するワークショップ

 京都造形芸術大学において、歴史資料の保存修復にたずさわる大林賢太郎氏を講師におこなうワークショップは、今回で3回目であり、16名の参加があった。2016年におこなった1回目は「古文書(近世村方、町方文書等)料紙調査のためのワークショップ−料紙の紙質や物性を理解するためのレクチャーと実習−」と題し、紙質の違いを手触りから、ルーペや顕微鏡で見て確認した。ふだん調査で手にする機会の多いものから少ないものまで、多種多様な紙に触れる機会となった。2017年の2回目は「古文書の損傷と処理方法についてのワークショップ−誰にでもできる『文化財基準をクリアした』補修方法−」と題し、表題にある簡単な「微小点接着法」を体験した。

 今回は古文書から離れ、写真資料の取り扱いをテーマとした。古文書調査において、近現代を中心とする史料群を整理する場合、避けては通れないのが写真資料である。アルバムに綴じられているものもあれば、台紙に貼っているもの、そのまま封筒に入れられているものなど、大きさもさまざまである。印画紙だけでなく、ネガやポジではフィルムのほかガラス板をベースとした乾板・湿板など、家庭向け8mmムービーなどが見つかる場合もある。そうした現場で遭遇する写真資料の取り扱いと保存処置を学ぶことが今回の趣旨である。
  写真の違いを説明する大林氏
  写真の違いを説明する大林氏

 まずは、写真の種類について、先に挙げたもの以外にも鶏卵紙や青写真、写真印刷など歴史的にどのような変遷を遂げてきたのかを紹介するとともに、具体的な写真を見てその違いを確認した。写真の種類を踏まえた上で調書の取り方(年代・地域・形態・写真の固定方法・損傷状態などをカード化する)を確認した。印画紙の劣化や損傷について、よく起こるものとして粘着台紙に貼った写真が取れなくなってしまう問題や、銀鏡化を引き起こしてしまう問題など、教材として用意した実際のアルバムの中からそれぞれ見つけ出した。また、大林氏が破れた印画紙の接合を見せ、破れた断面が複雑な層を作り出すことを示した。

 保存にあたっては、ノンバッファーな紙を間紙に用いることと、接着の際には不可逆的なものを使わないことがポイントとして示された。近年、震災で被災した史料の中にある、家族との思い出の詰まったアルバムの復元を、との声は多い。しかし、被災で水に濡れ、カビが生えてしまうと、修復は困難を極める。そうした点で、写真は和紙よりも圧倒的に弱いといえよう。写真をいかに後世に遺していくのか、そのための基礎的な知識と取り扱い方、さらには保存処置を具体的に学ぶ良い機会となった。
 (曽我友良 全史料協近畿部会運営委員)
  

   
 
参加記
近現代写真の歴史と取扱いを学ぶ
   里見 徳太郎(向日市文化資料館)

 近畿部会例会には初めて参加させていただきました。少し緊張して臨みましたが、京都造形芸術大学内の会場は、様々な器具などが並んで臨場感に溢れつつも、少人数ということもあり、アットホームな雰囲気の講義及びワークショップとなりました。

 最初に「印画紙とネガの歴史と見分け方」というテーマで講義がありました。印画紙の登場直後に使われていた「鶏卵紙」は、卵のように光沢があるという意味での比喩的な呼び名かと思ったのですが、感光剤を紙に接着するために卵の白身が本当に使われており、原価が安いため、日本でも1890年代頃まで広く普及していたようです。
 画像を紙に定着させる技術について、異なる方法がほぼ同時期に発明されたというのは興味深い点でした。「ダゲレオタイプ」はネガのように複製できないものの、現代でもこれに似た技術がポラロイドカメラに応用されているそうです。一方、「カロタイプネガ」は、金属板を使うダゲレオタイプに対して、繊維のある紙を使うため鮮明さでは劣るものの、複製可能という大きな利点がありました。
 やがて、金属板ではなくガラス板を用いてネガが作られるようになり、さらにガラス乾板の発明によって、湿潤な環境ではなく野外でも撮影できるようになっていきます。ガラス乾板については、平面性、透明性が完璧で、今もこれを超えるネガはなく、「究極のネガ」と呼ばれていることをお聞かせいただきました。

 続いて、写真印刷の方法について講義がありました。「フォトグラビア」は銅板を腐食させてへこんだところにインク溜まりができることを利用して印刷する方法で、高価なため本の巻頭の数ページのみに使われることが多かったとのことです。現代の雑誌の「巻頭グラビア」もこれが由来であることを初めて知りました。「コロタイプ」は、ガラス板にゼラチンを流し込んで感光させ、しわの部分がインク溜まりになることを利用した技法とのことです。
 印画紙とネガの歴史の講義の後は、近現代写真の実物を、テーブルごとに観察しました。鶏卵紙の写真は、何となく素朴で、温かみがあるように感じました。コロタイプ印刷は、肉眼ではインク溜まりが観察できませんでしたが、高倍率の拡大鏡で観察すると、大林先生の解説のとおり、亀甲のようなしわを確認することができました。
  様々な種類の写真をテーブルごとに実見
  様々な種類の写真をテーブルごとに実見 

 続いて、近現代の台紙写真・アルバム写真について講義がありました。アルバムの調書においては、決まったフォーマットを使わないと、特に複数人で調査する場合、チェックに漏れが出ることがあるとのお話がありました。
 アルバム写真の実見では、シートをめくって写真を挟んでいくタイプのアルバムの粘着剤がくっついてしまい、剥がせなくなっている例がありました。写真のコーナー部分を留める方法で整理されたアルバムもあり、それらはコーナーにかかっている部分とかかっていない部分とで状態に差が出ることや、アルバムを閉じた状態ではコーナーに圧がかかるといった問題点もうかがいました。
 「印画紙の劣化・損傷」の項では、ガラス乾板の「銀鏡化」現象について解説がありました。これは、ガラス乾板が向かい合った状態で長時間が経過すると、表面に浮き出てきた画像銀が化学反応を起こし、鏡のようになってしまうという現象で、ぴったり接している状態ではなく、印画紙1枚程度の隙間がある状態で向かい合っているときに起こりやすいとのことでした。銀鏡化したガラス乾板の実物も観察することができました。

 保存処置についての講義では、一般的に言われている「中性紙」は、実は本当の意味での中性紙ではないことがあるとの説明がありました。すなわち、酸性紙は酸性の環境で製造された紙であり、中性紙も同様であって、「今、中性であるか」は関係なく、本当の中性紙とは「中性の環境で作られた紙」であるということです。混ぜ物をして無理矢理PHを調整したものは中性「の」紙であって、そういったものは環境によって性質が変化していく可能性があるとのお話に、深く納得しました。
 破れ箇所の継ぎ接合では、破れた写真の現物をテーブルごとに観察後、大林先生の手による修復作業の様子を皆で見学しました。
  印画紙の破れ箇所の修復実演
  印画紙の破れ箇所の修復実演  

 まとめでは、「合成系の接着剤の失敗例がある。新しいものが全て良いとは限らない。例えば、昔ながらの小麦でんぷんのりは決して完璧ではなく、変色するし虫も食うが、性質は長い歴史の中でよく分かっているので、欠点をカバーするよう対処を考えればよい。」というお話が印象的でした。資料保存上の注意点や心構えとしては、「封筒、保存箱などでできるだけ外気に触れるのを防ぐのが基本であること」「残す努力は、まず資料を利用することから」「どんなものがあるか把握すること」「しまいっぱなしになってしまいがちなものもあるが、たまには現物を開いて確認すること」、そして、デジタル化との関係では、デジタル化したからと原資料を廃棄してしまった事例があるとのお話があり、オリジナルを残すことの重要性についてもうかがいました。
 3時間余りの短い時間でしたが、様々な種類の近現代の写真をたくさん手にとって実見することができ、また、百数十年の間に飛躍的な進化を遂げた写真の歴史を知ることができて、良い勉強になりました。大林先生、事務局の皆さん、ご一緒いただいた参加者の皆さん、ありがとうございました。


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