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 The Japan Society of Archives Institutions Kinki District Branch Bulletin
 全史料協近畿部会会報デジタル版
 No.62  2018.7.27 ONLINE ISSN 2433-3204
 第145回例会報告
2018年(平成30)6月22日(金)
会場:京都府立京都学・歴彩館


アーキビストとは、なにか
―国立公文書館「アーキビストの職務基準書」(平成29年12月版)を検討する―

 目 次
  例会の概要
    報告1 作成の経緯と概要  伊藤一晴
    報告2 職務基準書の考え方―検討会議の議論から―   森本祥子
  ディスカッションの概要
  参加記
    「アーキビストとは、なにか」への参加を通して  岡本 和己
    アーキビストの使命について  林 美帆


 アーキビストはどのような仕事をし、その仕事をするためにはどのような能力が必要か。国立公文書館では、昨年末に「アーキビストの職務基準書(平成29年12月版)」(以下「基準書」という)をとりまとめ、全国の歴史公文書を取り扱う機関に対し意見を求めている。
 この例会は、全史料協近畿部会がこうした国立公文書館の動きを受けて開催したものである。国立公文書館の担当者伊藤一晴氏、アーキビストの職務基準に関する検討会議構成員のひとりである森本祥子氏の報告のあとで、このテーマに関心を寄せて集まった非会員を含む36名で議論を行った。

報告1 作成の経緯と概要 伊藤一晴 氏
1 「基準書」の作成経緯
 「基準書」の検討は、平成26年から国立公文書館において開始した。国立公文書館の機能・施設の在り方等に関する調査検討会議がまとめた「国立公文書館の機能・施設の在り方に関する基本構想」(平成28年3月31日)においても、国立公文書館に求められる機能の方向性の一つとして「文書管理に関わる人材をめぐる海外の動向なども踏まえつつ、これからの時代に求められる人材像を明確にするとともに、公的な資格制度を確立することとも有効な手段と考えられる」と提起され、また、「公文書管理法施行5年後見直しの対応案」(平成29年2月21日公文書管理委員会資料)でも、「国立公文書館において検討を進めている専門職員の『職務基準書』が人材育成及び確保につながるよう、有効活用方策を検討する必要がある」と言及されている。
  伊藤報告
  伊藤報告

 「基準書」は、このような流れの中で、改めて国立公文書館が、平成29年5月、保坂裕興氏(学習院大学教授)を座長とする6名の有識者による「アーキビストの職務基準に関する検討会議」(以下「検討会議」という。)を設け、その場における議論を踏まえ、同年12月に取りまとめたものである。
 なお、国立公文書館では、平成28年3月に「日本におけるアーキビストの職務基準」(以下、「平成28年3月版」という。)を作成し、アーカイブズ関係機関協議会において、構成団体に対し意見を求めた。この「基準書」は「平成28年3月版」に対して寄せられた様々なご意見も踏まえて作成している。
 「基準書」は、アーキビストの遂行業務と必要な能力・要件を明確化し、人材育成(現職教育とアーキビストの養成の双方)の基礎資料とする目的で作成したものであり、その先には、公文書館法第4条に専門職員を置くとされながら、附則において当分の間置かないことができるとされてきたアーキビストについて、その認証制度の実現、そして専門職に相応しい処遇の実現等の将来像を描いている。現在は、このいわば素案としての「基準書」を関係機関・団体に配布・説明し(この場がまさにそれにあたるが)、足りないところはないか、修正を加えるべきところはないかについて意見交換し、今年12月を目途に確定させたいと考えている。
 「基準書」の概要説明に入る前に、その作成過程に触れておきたい。作成にあたっては経営学の専門家に指導を受け、まず国立公文書館職員に対して、調査票と面談をもとに職務分析を行い、国立公文書館の職務基準書を作成した。さらに地方自治体の公文書館等にも対応できるよう一般化を図るため、検討会議構成員の先生方のご意見を聞き、用語等を置き換えるなど修正を重ねるとともに、地方自治体の公文書館、具体的にはサンプルとして埼玉県立文書館と板橋区公文書館にもご協力いただき、個々の業務の実施有無や遂行要件の過不足等について調査を行い、それらの結果も参考にして作成した。
  アーキビストの確保・育成の構想

2 「基準書」の概要
 「基準書」の冒頭では、「趣旨」や「アーキビストの使命」等をまとめた。これらは職務分析からは抽出できないため、海外の関係団体の文章や公文書管理法の文言を参考にしながら原案を作成し、検討会議構成員のご意見や会議での議論をもとに推敲を重ね作成した。
 「趣旨」では、我が国における公文書館及びこれに類する機関並びに公文書を作成する機関におけるアーキビストの職務と遂行要件(知識・技能)を明らかにし、アーキビストの専門性の確立とともにその養成と社会的な地位の向上を図ることを目的として明示した。
 「用語の使用について」は、アーカイブズの定義がないといったご指摘をすでにいただいているが、ここではこの「基準書」の対象範囲をある程度明確化するため最低限必要と考えた事項のみ定義した。
 「1 アーキビストの使命」では、「アーキビストは、国民共有の知的資源である公文書等の適正な管理を支え、かつ永続的な保存と利用を確かなものとする専門職」として位置づけた。また、「2 アーキビストの倫理と基本姿勢」については、ICAの倫理綱領を引用した上で、安藤正人氏などが、同綱領の第1の説明文の重要性について指摘されていることを踏まえ「常に公平・中立を守り、証拠を操作して事実を隠蔽・わい曲するような圧力に屈せず、その使命を真摯に追求するとともに、自らの職務に対する高い倫理観と誇りを持ち、継続して研鑽する姿勢を堅持する」を特に書き加えた。
 「3 アーキビストの職務」については、評価選別・収集、保存、利用、普及の4カテゴリー(大分類)と23の職務(小分類)に分類し、「4 必要とされる知識・技能」では、(1)基礎要件、(2)職務と遂行要件、(3)職務全体に係るマネジメント能力に整理し、(2)職務と遂行要件において、23の職務ごとにその内容と遂行要件を示した。ここで個々に説明することはできないが、平成28年3月版に対して主に指摘を受けていた3点について触れておきたい。
(1)アーキビストの公文書管理(現用文書)への関与
 平成28年3月版に対するご意見の中で、現用文書への関与を強めるべきという多くの指摘を踏まえて、大分類「評価選別・収集」の下位にある中分類に「指導・助言」を入れた。公文書管理法上では、「指導」という文言はないが、あえて「指導」という文言を入れ、現用文書への関与の度合いを強めた表現にしている。
(2)私文書(民間資料)の位置づけ
 国立公文書館では、私文書の寄贈・寄託は受け入れているが、あくまで公文書を補完するものという位置づけである。しかし、都道府県や基礎自治体の公文書館では、私文書の保存は重要なウエイトを占めている。
 これをどう位置付けたかといえば、まず「1 アーキビストの使命」の後段部分で「個人や組織、社会の記録を保存し、提供することを通して」という文言で明確にアーキビストの使命の一つとして示し、具体的な職務として、小分類6「寄贈・寄託文書の受入れ判断」、9「寄贈・寄託文書の受入れ」を設定している。10「公文書等の整理及び保存」以降の保存、利用、普及にあたっては、「公文書等」という表現で公文書と私文書をまとめて記載している。また20「歴史資料等の所在状況把握」を職務の一つとして設定している。
(3)アーキビストのレベル分け
 この「基準書」では、アーキビストのいずれの職務を遂行する上でも必要とされる知識・技能である「基礎要件」と、各職務の「遂行要件」に分けている。そして各職務の「遂行要件」は、別表1における「◎」の「遂行上必要な要件」と、「○」の「高度なレベルで遂行するための必要な要件」に分けている。これは当初から想定していた訳ではなく、遂行要件を整理していく過程で、結果的に3段階のレベルに分かれたものである。認証制度を具体的に考えていくうえで、このレベル分けの問題は議論になるところだろう。
 また実務経験はアーキビストにとっても非常に重要で、たとえばレファレンスでは、就職したての職員がすぐさまその館へのレファレンスに十分に対応できるということはまずありえない。しかし、この「基準書」では、今のところ実務経験を要件として入れていない。実務経験をどのように評価するかは今後の課題である。
 さて、この後の取組みであるが、9月を目途に全国の公文書館等やアーカイブズ関係の団体から意見をいただき、この「基準書」をブラッシュアップし、さらなる有効活用方策を検討するとともに、国立公文書館主催の研修に反映する。また大学等の高等教育機関との協力体制の構築や、公的認証制度の確立に向けた検討を進めていきたい。

3 全国公文書館長会議アンケート調査結果より
 最後に、先日の全国公文書館長会議に際にして実施したアンケート結果を紹介しておきたい。たとえば、23の職務のうち実施の有無をみてみると、項目によってかなり差が出ている。23「海外のアーカイブズ機関及び国際組織等との連携」では6.9%、これに対して15「閲覧等への対応」では98.9%となっている。あわせて予算や人員が許せば専門職員がおこなうべき業務かどうかを聞いてみると、70%を切っている項目として3「公文書のレコードスケジュール設定」・7「中間書庫への受入れ・管理」・22「アーカイブズ機関等職員に対する研修の企画」・前述の23の国際交流があげられる。いっぽう23項目の職務以外でアーキビストが担うべき職務としては、ボランティアの育成をはじめとした追加の提案があり、その他レファレンスやレコードスケジュールをめぐっての意見もあった。こういった結果も今回のブラッシュアップの素材と検討していきたい。
 「基準書」全体に関する修正意見として、各機関の特性や規模に応じた内容のカスタマイズを許容する文言が必要であるという指摘があった。これは非常にもっともな指摘であり、この「基準書」は、検討会議の保坂座長も言われているとおり、あくまでも“一枚目の絵”となるものを提示してみようとしたものであり、各館の実情に即して修正を妨げるものでは全くない。しかし、こうした考え方が見えづらいのは確かであり、加筆修正することになるだろう。
 また、ひとりのアーキビストが全ての要件を満たすのは困難ではないか、といった指摘もあった。アーカイブズの世界は、情報化、現用文書の管理、ボランティア、学校教育との連携など非常に広がりをもってきている。これをひとりの人間がすべて対応するのは難しいことではあるが、資格化の段階ではどのレベルをもってアーキビストの基礎的な要件としていくかが問題になるだろう。

報告2 職務基準書の考え方―検討会議の議論から― 森本祥子 氏
1 「職務基準書」との関わり

 この「基準書」の作成過程における「アーキビストの職務基準に関する検討会議」の議論の要旨は、すでに国立公文書館のホームページに掲載されている。国立公文書館がリーダーシップをとって「基準書」を作成することの重要さを評価しつつ、そのリーダーシップの重要さと限界のバランスを認識して、この先の議論を進める必要があるだろう。
アーキビストの職務基準書に関する検討会議開催状況 国立公文書館Webサイト http://www.archives.go.jp/about/report/syokumukijun.html
 そこでのわたしの責任は、この「基準書」を広く知ってもらうことにかかわり、この「基準書」をめぐる議論に関与すること、そして長期的な視野から専門職の確立に寄与することであると考えている。
  森本報告
  森本報告

 この検討会議では、 自身がかつてアーキビスト教育を受けた経験をもち、複数のアーカイブズ現場(自治体や国の研究機関、国立公文書館等)で仕事をしてきた者として、また学習院大学大学院でアーカイブズ学専攻の発足時に助教としてかかわり、日本のアーキビスト教育を垣間見た者としての経験を踏まえて発言するというのが、わたしの立ち位置だったと思う。「基準書」作成にかかわった責任を認めつつも、とはいえ、この「基準書」をみなさんに、そのまま受け入れてくださいというのがわたしの仕事ではない。ここでは、こうしたかたちでまとめられた「基準書」について、わたしなりの考えを話してみたい。

2 「職務基準書」の見方
 このことは、検討会議で話している時には実は気づいていなかったことだが、アーキビストの職務について議論しながら、いつの間にか議論はアーカイブズ機関にどのような仕事があるかという話に入っていった。この二つの要件は切り分けられずに議論され、また一般の受けとめられ方として、切り離されずに受け止められている。
 アーキビストとしての要件は、心構え・必要な「知識」、「技能」を網羅したものである。アーカイブズで働くことになったら、どういう仕事をする可能性があるか、どういう知識、技能が必要になるかが、基準として書上げられている。
 そして必須となる基礎要件と、より高いレベル(◎と○)に分けてかき分けられているが、基本的には平たく書かれている(将来的にはレベル分けは必要となるかもしれないが)。つまり、すべての要件を高いレベルで満たすことは求められていない。大切なのは、個々の知識・技能の有無ではなく、アーキビストとして仕事をする上で「何があるか」「何を担当する可能性があるか」という、全体を知っておくこと、この「基準書」によって全体が見渡せるようになったことに意味があるといえるだろう。
 いっぽう、機関としての要件として、この「基準書」をみてみると、移管・収集から、提供・発展的活用まで、機関で発生しうる「業務」、機関が担うべき業務が網羅されている。そして、各業務の要/不要(あるいは追加の必要性)がありうるということも、先ほどから言及されているとおりである。すべてのアーカイブズ機関が同じ役割を担っているわけではなく、すべてのアーカイブズ機関が同じ濃度で全業務をこなすことも、想定されていない(たとえば「国際交流」や「中間書庫の管理」など)。

3 「職務基準書」への個人的意見
 ここから先は、個人としてこの「基準書」に対して考える意見を述べてこの先の討論の手がかりにしていただけたらと思う。
 まず評価される点としてあげたいのは、倫理やマネジメントといった業務を俯瞰する視点が明記された点である。わたしたちは、別表1・2の個々の項目に目を奪われがちだが、重要な点はアーキビストの使命・倫理が組み込まれたことだろう。マネジメントについても、ひとつひとつの知識・技能ではなく、いかに優先順位をつけながら効率的にものごとを遂行していくか、それをコントロールすることが本来のアーキビストのもっとも重要な仕事である。
 次にあげるべきなのは、要件を「見える化」することによって、議論の土俵・土台ができた点である。これをみながら自己点検、自館の現状との具体的比較が可能になったということであり、ひとつの基準が明らかにされたといえる。国立公文書館をベースとしつつ、多様な視点(レコードスケジュールへの関与、中規模・小規模館の視点)を取り込もうとしたことも評価されるべきだろう。
 他方、問題点もあると感じている。これは、“日本のアーキビスト”全体を網羅し、普遍化できているか、既存のアーキビストの定義と十分すり合わせができたかといえば、それは今後の課題であるといわざるをえない。視野を可能な限り広げようとしたものの、あくまでも公的機関(とくに国立)の制度を前提としたものである。それにもかかわらず、日本のアーキビスト全体をフォローするような名称となっている点は問題だろう。対象範囲・制約・前提などの未整理と曖昧さ、「館」の要件か、「人」の要件かが整理されていないといったことである。
 具体的事例として国立公文書館の業務分析を対象とすることは全く問題ないが、そのことによって、ある制約が生じることを自覚することが重要だろう。たとえば、私文書の問題で、近年国立公文書館がより積極的に私文書の寄贈・寄託を受けいれるようになってきているとはいえ、多くの自治体文書館、大学文書館と比べるとまだまだ少ない。機関文書をベースとしながら、その歴史を肉づけするために多様な資料を収集していくことが必要となるが、現状の業務はまだそこまで至っていない。そのことを自覚したうえで、この「基準書」を組み立てていったか、ということだ。制約を自覚することが、議論のスタートである。
 たびたび例としてあげられている国際交流については、書き振りの問題であると思う。必ずしも「国際」である必要はなくて、自治体であれば、他地域とのつながり、大学であれば、同様な大学とのネットワークというふうに視点をかえれば、共有できることだろう。
  フロアーから 1
  フロアーから 1

4 専門職への道―取り組むべき課題―
 それでは、この「基準書」をよりよくしていく次のステップをどのような順序で考えればいいだろうか。
 まず、最初に取り組まねばならないのは、これまでに議論されてきた一般的なアーキビスト定義を確認することだろう。もう一度、アーキビストの核となる責務を洗い出す必要がある。その上で、日本で目指すべき専門職のあり方、理念を整理してみる。わたしたちは、何を共通に目指しているかを。
 次に、もう一度「基準書」と現場で培われてきた専門職像との突き合わせをやってみる。そうすると、改めてアーキビスト/アーカイブズ機関として必要な要件の網羅的抽出ができているか、一致しているところ、ずれているところが見えてくるのではないか。それをやっていくと、どの機関であっても普遍的要件と個別要件との切り分けができてくるのではないか。
 さらに日本型就労慣行の現実と専門職のあり方を検討せざるをえないだろう。これに対しては具体的な答えをもっているわけではないが、おそらく、もう目をそらすことはできない。本当に専門職として認められれば、わたしたちはやっていけるのか。組織就職型の就労慣行において、どのようにアーキビストを特定業務のみに携わる専門職として位置づけるか。小規模な機関のモデルをどのように考えるか。現実に寄せるか(組織の人事異動の中で働く)、理想を追うか(組織を渡り歩いて働く)。専門職であることを優先する場合、リスク(転勤・身分保障がない)をどう受け止めるかといった点を現実的に議論する必要がある(フロアーからの発言のように、企業を中心に資料整理から年史編さんまで業務委託が進んでおり、こうした業務委託をめぐる議論もこれから深められる必要がある)。
 そして最終的に、「基準書」をどう活用すれば、めざすべき資格制度につなげられるのか。これは、かなり距離のあることでもあり、誰も答えを持ち合わせているわけではない。少なくとも、この場がそうであるように、資格制度を意識して議論を積み重ね、たくさんの意見を集約していく必要がある。

ディスカッションの概要
嶋田(香川県立文書館):「公文書館法解釈の要旨」では、専門職員に要求される資質として、「歴史的要素と行政的要素を併せもつ専門的な知識と経験を必要」としている。この“併せ持つ”ことが重要であり、この政府見解を尊重してほしい。また、資格化を考える上では医師・薬剤師の資格認定に学ぶところが多いのではないか。
 古文書はさておき、公文書をもたない館はない。職務の小分類23項目はおおむね適正と考えられるが、可能な限り「公文書館しかできない仕事」を残し、「公文書館でもできる仕事」を減らすようにお願いしたい。他でもできる仕事を追加しこれ以上増やすことは、アーキビストの固有性、オリジナリティを損なうことになると考える。
  ディスカッション(司会と報告者)
  ディスカッション(司会と報告者)

伊藤
(国立公文書館):「公文書館法解釈の要旨」では職員の専門性として評価選別の判断を行うために必要な調査研究を行う者をあげている。しかしながら、現在のアーキビストの業務は、評価選別はもちろん、公開・非公開の判断や普及活動、学校や他機関との連携など、30年前の文書館法制定時の議論から大きく広がってきている。そうした現状認識にたって「基準書」が作成されていることをご理解いただきたい。
 また、「公文書館」に特化すべきというご指摘についても、確かにこの「基準書」は、公的な機関を中心に作成され、企業や民間を除いた基準となっている。しかし世界的にみてもアーキビストは公的な機関にかぎって活動しているわけではないので、これについても慎重に検討することになるだろう。
杉野(滋賀県県政史料室):これから公文書館の整備を検討していく立場からすると、この「基準書」はたいへん参考になる。もっとも専門性が必要と思われるのが、現用文書を選別する際に、「歴史的に重要なもの」かどうかの判断である。この点はどのように具体的に「基準書」に盛り込まれる可能性があるか。その考え方、センスのようなものは示されるのか。
 また調査研究の具体的内容についても盛り込まれる可能性はあるのか。
伊藤:まず調査研究業務について、別表1の欄外に「上記の業務は、いずれもアーキビストによる主体的な調査研究を基盤として遂行される」として、23の業務の基盤と位置づけ、23の業務全体にわたるものと捉えている。
 また選別基準の明示については、この「基準書」が目的とするものではなない。それぞれの機関で独自に作成されるべきものではないか。
  ディスカッション 1
  ディスカッション 1

森本
:選別の判断基準を明確にできないかということだが、まさに容易にマニュアル化できないその判断をケース・バイケースで行うのが専門職の専門職たる所以ではないか。共通の判断基準というのは難しいのではないか。
北浦(早稲田大学大学史資料センター): アーキビストの定義は、使命にいれるのではなく、独立して明記されるべきであろう。
 また遂行要件の配列(別表1の38の遂行要件と別表2の遂行要件の配列)が異なっていることに意味があるのか。
 また「評価選別・収集」「保存」「普及」がアーキビストを主語としているのに対し、「利用」だけが主語が利用者となり、ずれている。これは、アーキビストの定義ともかかかわるところなので気になる。
 日本型就労慣行のなかで、アーキビストの資格制度をどのように構想できるか。魅力的なものだが、だからこそ“幻想”として機能するように思われる。やや気持ちが先走りしていて、この段階で資格制度の可能性に言及することがよいかどうかは疑問にも感じる。
伊藤:「利用」だけが利用者が主語となっている点だが、英語ではaccessとされるもの。平成28年3月版に対しても同様な指摘があり、検討会議で検討されたものの、このかたちで残すこととなった。
 アーキビストの定義を明確にすべきというご意見はもっともであるが、同時にアーカイブズの定義がないといった指摘もある。但し、定義を次々に加えていくとかなりの分量になってしまう。また、みなさんが納得する定義が難しいという事情もある。このため「用語の使用について」は、範囲を限定するための最低限のものに留めている。
 別表2において、それぞれの職務に必要として掲げた遂行要件の順序は、おおむね文章の流れとして読みやすいように並べているため、別表1の並び順とは異なっている(たとえばp.10「中間書庫への受入れ・管理」)。
工藤(非会員):老婆心として、司書資格の轍を踏まないでほしいと思っている。認証制度を実現するためには、普遍的要件と高度で専門性のある個別要件の切り分けが重要である。どこのアーカイブズで働くためにも、普遍的用件は満たされなければならないが、それだけでは十分ではなく、その先の専門にしたがった認証が実際の就職に結びつき、専門性も確保されるのではないか。そのあたりの制度的見通しがあったら伺いたい。
伊藤:報告で触れたが、レベル分けの必要性についてはすでに指摘があるが、作業的にはまず前提となる「職務基準書」をつくった上で、これからの検討課題となっている。
(あおぞら財団):「西淀川公害と環境資料館」という小さな民間の資料館に勤務する者として(この「基準書」をみていくと)大体は、はずれてしまう(笑)。わたしたちのような立場の者がこの「基準書」をどう使えばいいのかを考えながら聞いていた。
 「公害資料館ネットワーク」の事務局をやっており、公害の経験を伝えていく活動を行っている。ほとんどが資料館と冠して行政がつくったにもかかわらず、ほとんどが資料庫をもっていない。一次資料・アーカイブズこそがもっとも大切であるにもかかわらず、このこと自体が関係者になかなか伝わらない現実がある。本来ならば、アーキビストが配置されれば、きちんと資料を収集・整理し、活用し、展示に活かしていくことができるはずであるが、現状では多くが展示業者に委託してパビリオンができて終了するということになっている。本来ならば、(公害資料館の関係者が)これを読んで、アーキビストを置かなくてはと思わなければならないはずだが、そうはならないと思われる。
 また専門職というと“外部”(組織外)の人間が入ることになり、そのことへの抵抗・嫌悪感はたいへん大きい。そこをどうのり越えるのかをぜひ考えてほしい。利用する人は「国民」に限られないはずで、市民のために、そして現在のみならず未来の人びとのために、というところでアーキビストの使命がどう描けるか。それによって(公害資料館にような)本来、アーキビストを置かねばならばならないところが、アーキビストを置くようになっていくのではないか。
  ディスカッション 2
  ディスカッション 2

辻川
(尼崎市立地域研究史料館):「基準書」や専門職の問題は、いつも重たいなと感じる。アーキビストの職務や専門性の説明が、専門職志向の人びとや一般行政職、さらには市民や社会にとって、何らかの説得性や納得感、魅力的な仕事だ、というところに繋がらなければ、アーキビストが専門職として制度的に定着し、評価され、必要性を認められるものにならないだろう。
伊藤:この「基準書」が、一方で親機関への人員配置を要求する際に使えるという方もいる。他方ハードルが高すぎて、うちでは無理という方もいる。容易に解決できる問題ではないが、たとえば倫理や「基本姿勢」の部分など、親機関への説明など使える部分で役立ててもらえればと考えている。「使命」の部分の「国民共有の知的資源」という文言は、公文書管理法のものであり、行政内部に説明する上ではしっくりする。この「基準書」の枠組み、制約をもう一度捉えなおして議論していきたい。
森本:「趣旨」の「なお書き」部分でも述べているように、国の部分を、本県や我が社などに置き換えてもらう、依って立つ法令も、それぞれの条例等に置き換えて業務や利用者との関係を考えていただけければいい。このことは、この「基準書」を考える上でもっと強調していいことだろう。ひとまず組み立ててみた国立公文書館の枠組みでは、こうなる。これをそれぞれの機関や組織に置き換えていく時に、もっと概念を広げてないと一般化できないなら、それを次に考えていくことになる。ご指摘のあった「国民」についても、英語ではステークホルダーという便利な言葉があるが、これに該当するような表現を考えていかねばならない。個人的には、アーキビストとは十分に魅力的だと思っているが、それをどう伝えていけるかが課題である。
伊藤:アーキビストの仕事は、非常に地道で華やかなものではない。しかし資料が整理され、使いやすく広く提供されて、そこから利用者によって新しい価値が生みだされていく。とてもやりがいのある仕事だと思う。現状の「使命」では、そのあたりが伝わりにくいという指摘はそのとおりであり、見直しをかけていきたい。
:「読み換える」という発想には、読み換える主体がいることが前提。そうした主体がいない現実のなかで「運動」として考える必要がでてくる。読み換える、広げるだけでは足りない。アーキビストがいる世界がどのような世界なのかを、この中にいれてほしい。
伊藤:アーカイブズ・アーキビストに対する考え方は、おのおのの機関や個人によってかなり異なっている。紙資料の取り扱いよりも、将来的な電子文書化を視野に入れ情報技術に特化していかなければならないとか、あるいは公文書のアカウンタビリティのほうにシフトすべきだ、いや地域資料(民間資料)の保存も大事だといった、多様な考え方があるなかで、この「基準書」は、特定の分野のみを尊重し、他を排除するのではなく、より広いウィングをもつ(特化していない)ものをまずは目指してきた。また公文書館法などに基づく国立公文書館の職務分析から出発している点で、理想やあるべき姿を示すという意味では限界のある枠組みのもとでやっている。(市民に)訴えかける感じ、魅力的な仕事であるというところが足りないという点は、残念ながら今回の目的と枠組みに制約されたものともいえる。その点も含めて今後の課題としたい。
[以下、時間的制約から紹介できなかった質問・意見票の要旨]
・別表1の職務の大分類を一つ増やし、「現用文書管理への関与」「指導・助言」を加えるべきである。その中分類に「公文書のレコードスケジュール設定」を入れる。レコードスケジュールは、文書管理において大切なツールであり、単に評価・選別のみに関係するものではなく、文書の作成から最終的な措置までを示すものと考える。
・資格化を視野に入れた場合、既存の機関・組織でアーキビスト業務についている者にとっては、スポット的な研修が重要である。
・修復と保存科学の部分が、あまりにも表現が平べったい。もっと保存科学者にアーカイブズの方向へ目を向けてもらう必要がある。
・認証制度と同時に、就職先である“出口”の議論が必要である。
・市町村との落差を感じる。市町村に対してもこの取組みの影響が波及されるように願っている。
  フロアーから 2
  
フロアーから 2

 (柳沢芙美子 全史料協近畿部会事務局、福井県文書館)

   
 
参加記 1
「アーキビストとは、なにか」への参加を通して
   岡本 和己(滋賀県県民生活部県民活動生活課県民情報室内県政史料室)

 平成30年6月22日に京都府立京都学・歴彩館で行われた全史料協近畿部会第145回例会では、「アーキビストとは、なにか」という、根本的な、しかし難しいテーマが掲げられました。例会当日は、「アーキビストの職務基準書」の作成主体である国立公文書館の伊藤一晴氏、「アーキビストの職務基準に関する検討会議」構成員の森本祥子氏による報告の後、ディスカッションが行われました。
 「アーキビストの職務基準書」(以下、職務基準書)は、初見では内容の理解が難しい部分もあり、年度はじめに行われた国立公文書館による職務基準書に関するアンケートでは、回答に苦労した記憶があります。今回の例会では、お二方の報告や議論を通して、その理解を深めることができたのではないかと思っています。そこでこの参加記では、私の感じたこと、理解を深めるきっかけとなった印象的な議論を記したいと思います。

◇報告@「「アーキビストの職務基準書」(平成29年12月版)作成の経緯と概要」
 公文書専門官として職務基準書作成に携わっている伊藤氏からは、作成過程における貴重なお話と、職務基準書の解説をして頂きました。
 職務基準書は、全24頁からなり、本文、別表、参考で構成されています。基準書のポイントは、アーキビストの使命や倫理、基本姿勢を明記したこと、アーキビストの職務を分類し、職務ごとにその内容と遂行条件を整理したこと、とのことです。これまで資格もなく、専門教育もあまり進んでいない一方で、世間で公文書館やアーキビストについて注目が集まりつつある今日、この職務基準書が作成された意義は大きいのではないかと思います。
 作成方法としては、国立公文書館内で各職員が担っている業務とその遂行に必要な知識等を調査・分析し、その後、地方公文書館2館のサンプル収集により一般化を図ったようです。このような作成方法からも、国立公文書館ベースの職務基準書であることは窺えますし、次の森本氏の報告でもその点が指摘されており、普遍的要件と個別要件の切り分けが必要との報告がありました。確かに、私の所属する県政史料室では職務基準書の全ての業務を行っているわけではありませんし、一人の人間で全て行えるとも思えないのが現状です。よって、地方公文書館でも、どの要件が自館に必要なのか、また必要では無いのかを考える重要性を感じました。
 全史料協近畿部会第145回例会 フロアーから 1
 フロアーから 3

◇報告A「職務基準書の考え方―検討会議の議論から―」
 アーキビストとしての豊富な経験をもつ森本氏からは、検討会議の様子や、ご自身の職務基準書への見解についてお話し頂きました。
森本氏はご自身のアーキビストとしての経験から、「アーキビスト教育を受けた者」「複数のアーカイブズ現場で仕事をした者」「日本のアーキビスト教育を垣間見た者」という立場を意識し、検討会議に臨んだといいます。
 特に印象に残っているのが、職務基準書には「アーキビストとしての要件」と「アーカイブズ機関としての要件」という二つの見方があるというお話です。特に、「アーキビストとしての要件」という観点からは、アーキビストとしての業務の可能性を知る材料として有効であり、その上で個々に専門性を見出しても良い、とのお話がありました。
 一方で、組織就職型の就労慣行において、アーキビストはどのようにキャリアアップを図れば良いのか、専門性を優先する場合のリスクをどう受け止めれば良いのか、などの課題も示されました。

◇ディスカッション
 最後にディスカッションの時間が設けられ、活発な議論が交わされました。特に、資格化についてと、職務基準書の活用法についての議論が印象に残っております。
 資格化については、資格化の目処は立っているのか、資格化が現実味のないものに思える、資格の中でも等級を分けるべきであるなど、多数の意見があげられました。報告者の方々からは国立公文書館がリニューアルされる流れで資格化も進めたいが、その内容は未だ十分に検討できていないとの報告がありました。
 職務基準書の各機関での活用方法については、採用時の基準としなければならないのか、公的機関ではない機関にも適応できるのか等の意見があり、例会参加機関は全体的に職務基準書の自館での活用法を見い出せないでいるように思われました。公文書管理に係る条例の制定を検討中の本県では、県政史料室が新たに公文書館としてスタートする考えですが、職務基準書は今後の運営方針を定める一つの指針になり得るのではないかと思う一方で、具体的な活用までには至っていないのが実状です。
 とはいえ、職務基準書を絶対的なものとして捉えるのではなく、個々に応用して活用する前提であることなどがわかり、職務基準書に対する理解はより一層深まりました。

 最後になりましたが、今回の例会では、たくさんのことを学び、また考える機会を頂き、ありがとうございます。今後も、このような機会があれば積極的に参加させて頂きたいと思います。

 参加記 2
アーキビストの使命について
  林 美帆(公益財団法人公害地域再生センター(あおぞら財団))

 アーキビストの職務基準書に関しては、民間の小さい資料館に勤務する筆者にとっては、遠い世界のように感じてしまい、いままで意見も出さず、深く理解せずに過ごしてきたが、今回の全史料協の例会に出席して、アーカイブズに携わるものとして、考えなければならない重要な問題であったことに遅まきながら気がついた。この参加記は、報告を聞いて個人的に考えた点をお伝えする。

1.まだ見ぬアーカイブズへ
 伊藤一晴氏から『アーキビストの職務基準書』の作成経過の報告があり、国立公文書館の業務が元になって職務基準書が作成されたことが理解された。また、森本祥子氏から職務基準書の検討会議構成員として作成に携わって考えられたことの報告があり、ようやく基準書の全容を理解した。
 私は小さい資料館(あおぞら財団付属西淀川・公害と環境資料館)の運営を担当しているが、全国の公害資料館ネットワークの事務局も担っている。真っ先に考えたのは、この基準書を読んで、他の公害資料館の人が理解できるだろうかという事だった。答えは否である。資料は図書だとイメージしている人たちが大多数の中で、この職務基準書を見ても、理解することが難しいだろう。つまり、未だにアーカイブズということを理解することが難しい状況であるのだ。
 この職務基準書は、国立公文書館の業務がベースとなっていることから、資料として想定されているのは公文書がベースであることは想像に難くない。職務基準書が各都道府県の文書館などには通じる言語なのだろうと思う。
 しかし、資料を保存して整理して活用するという一連の流れが理解できない人、必要だと思わない人が一般的に存在する。いや、その人たちの方が大多数であり、資料保存の重要性を説いても理解を示さない人が多数いる。
 公害資料館ネットワークは「各地で実践されてきた「公害を伝える」取り組みを公害資料館ネットワーク内で共有して、多様な主体と連携・協働しながら、ともに二度と公害を起こさない未来を築く知恵を全国、そして世界に発信する」という共通ビジョンを掲げて活動している。公害を伝えること、そして発信することの中に、資料の保存も含まれる「はず」であるが、そのように考えるのはアーカイブズや研究に通じる人たちのみで、一般的には図書や展示があれば十分という判断が下される。そのような一般的な常識を覆して、アーカイブズが必要と訴えるのは非常に難しいのが現状である。
 この人達へ届く言葉にする為には、「アーキビストの使命」と「アーキビストの倫理と基本姿勢」の部分の書き込みが、公文書以外の資料館に勤務するアーキビストでも共通に共感できるものであって欲しいと願うのである。
 全史料協近畿部会第145回例会 フロアーから 2
 フロアーから 4

2.専門職としての使命
 職務基準書の「アーキビストの使命」は「国民共通の知的資源」を「将来への国民への説明責任」、「広く国民及び社会に寄与」となっている。「国民」が前提となっているのは、国立公文書館の活動がベースになっているからではないだろうか。私はこの文章を読んで違和感を感じたのは、資料の保存と利用は「国民」に限らないのではないかという点である。少なくとも、私が携わっている公害資料に関していえば、公害に苦しんだ人たちが記録を後世に伝えたいと願ったから保存されたものである。公害被害者の願いとは、自分たちの経験が世界的に活用される未来への期待である。その願いの中には、「二度と公害を起こしてほしくない」という祈りが詰まっている。社会の中での弱者、マイノリティの声が届くような市民社会、民主主義が実現されてほしいという祈りだ。その祈りを実現する為に、アーキビストは専門家として全うしなければならない使命があるのではないだろうか。そして、マイノリティは「国民」に含まれない可能性もある。その人権感覚が問われていると言えないか。
 そして、この文章からは、先程述べた資料を認識していない人たちへの働きかけという部分が見えない。アーカイブズの理解者を増やすという働きかけがない限り、アーカイブズが必要であるということが多数派にならならず、専門職としての働き口も確保できないであろう。このように理解者を増やしていくという活動は、施設の利用促進とは別に、アーキビストという専門職を担う人たちが連帯して、運動しなければ切り開くことができない未来であろう。
 
 アーカイブズに携わっている人たちにとって資料は大切であり、資料は愛すべきものである。しかし、この愛はなかなか一般的に理解されていないのである。全史料協の中でも、議論の課題として法律の解釈や技術面のスキルアップが求められることが多いと思うが、多くの人に「資料の大切さ」や「資料愛」が理解される為にはどうすればよいかについても議論を重ねて欲しいと希望している。

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