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The Japan Society of Archives Institutions Kinki District Branch Bulletin
全史料協近畿部会会報デジタル版
No.76
2022.3.30 ONLINE ISSN 2433-3204

全史料協近畿部会連続研修会報告



全史料協近畿部会連続研修会を終えて
 ―目録規則・デジタルアーカイブ等基礎研修の報告と今後の展望―


谷合 佳代子(エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)館長)

研修会を始めるまで


 全史料協近畿部会初の試みとして行った連続研修会は、副会長事務局の辻川敦氏(あまがさきアーカイブズ)から筆者へのお声がけによって始まった。筆者が社会人院生として2021年1月に同志社大学に提出した修士論文を元に、「アーカイブズ組織化の新国際概念モデルRiCと図書館目録のマッピング:典拠データから考える」という研究報告を4月の日本図書館研究会の例会で行ったことが発端である。拙報告を聞かれた辻川氏が、「谷合さんの研究発表はMLA界の目録動向全体にわたる話でもあったので、そういった全体像を知らないアーカイブズ界の人たちにはわかりにくいのではないか。一から目録の基礎的な勉強をしたくても、そういう場がない。アーキビストたちはISADは知っていても、RiCはもちろん知らないし、それが図書館や博物館の目録とどうつながっているのかも知らない。あまがさきアーカイブズがデジタルアーカイブを進めるためにAtoMを使おうとしている今、改めて目録の基礎的研修を行いたい。ついてはエル・ライブラリーに委託できないだろうか」と筆者に依頼されたことから連続研修会の実施へとつながった。
 抽象的な概念であるRiCの概要を理解し、国際的な目録規則がいまどのような方向に向かっているのかを知るためには最低4回の研修が必要と考え、当館試案を基に近畿部会事務局のみなさんと当館とで話し合いをもち、以下のような計画を策定した。
・第1回〜3回はオンラインで、第4回は対面で行う
・第3回目までが理論編、第4回はPCを使う実習
・AtoM実習が着地点で、将来的にはAtoMのコミュニティづくりにつなげるように展望する
・参加者は全4回分を申し込むのをデフォルトとするが、1回ずつでも可
・近畿地区を越えて全史料協会員は全国どこからでも参加可能

 では、以下に4回の概要を記す。

第1回「オープンソースのアーカイブシステムAtoM(Access to Memory)と4つの国際標準」

2021年9月28日
講師:谷合佳代子(エル・ライブラリー)
内容:@AtoMとは何か AAtoM導入事例 BAtoMが準拠する国際標準
概要:四回の研修会の目的地の一つはAtoMについて参加者に知ってもらうことなので、まずはAtoMとは何かについて説明した。AtoMとは、ICA(国際文書館評議会)の基準に基づいた完全にウェブベースのアーカイブ記述アプリケーションで、無料で自由に使えるオープンソースソフトウェアとして公開されている。開発はカナダのArtefactural Systems社が行っている。
 AtoMの導入事例はArtefactural Systems社のWebサイトにリンク付きのリストが掲載されているので、そこからいくつか海外の事例を紹介した。デジタルコンテンツを掲載している機関は、AtoMをデジタルアーカイブシステムとして機能させていると言える。日本の事例として「国立近現代建築資料館収蔵資料検索システム」と、エル・ライブラリーほか3館共同サイト(https://atom.log.osaka/)の二つを紹介した。
 そのAtoMは、記入のための規則をICAが策定している以下の四つの国際標準に拠っている。
ISAD(G):記録史料記述の国際標準
ISAAR(CPF):国際標準−団体、個人、家に関する記録史料オーソリティ・レコード
ISDF:機能の記述に関する国際標準
ISDIAH:アーカイブズ所蔵機関情報の記述に関する国際標準
 研修では、この四つの国際標準の概略を説明し、それがAtoMの中にどのように表出しているかを述べた。

第2回「MLA界の目録などの比較」

2021年10月23日
講師:田窪直規(近畿大学短期大学部教授)
内容:@メディア構造 A図書館の場合 B博物館の場合 C記述大賞 D目録の性格 E博物館ドキュメンテーション F記述の国際標準・指針 G固有名典拠の国際標準・指針 H主題の統制語と統制語彙表 I多段階記述 J資料の記述と編成 K目録の利用目的 L主対象 M資料の記述内容 N機械可読化フォーマット Oデータ・モデル Pオントロジ QLOD化フォーマット Rその他(メタデータ関係)
概要:MLAの資料や目録の共通点と違いを確認し、それらが近年WEBを通じてリンクされていくようになっている動向(Linked Open Data)を述べられた。上記レジュメ番号に沿って概要を記す。
1.MLA界のメディアの構造について  メディアとはメッセージとキャリヤーの複合体のことであり、メッセージを媒介するもの。キャリヤーはそれを載せているもの。たとえば「新聞記事」はメッセージであり、「新聞紙」はキャリヤー。図書館資料はメッセージ中心であるが、博物館はキャリヤー中心であり、メッセージはキャリヤーの中に含まれると言える。図書館資料にとってキャリヤーは重要視されない。それゆえ、図書館資料は簡単にコピーを取って読まれることになる。アーカイブズの資料はMとLの中間ぐらい。
2〜6.図書館・博物館・文書の記述と目録  図書館と博物館の目録記述と書誌データの特徴について。博物館ではドキュメンテーションというキーワードがあり、資料収集・受け入れ・目録作業に伴う様々な記録を残すことが重要となる。博物館の目録は伝統的に管理業務用目録であり、学芸員のためのものであった。目録は「図録」として印刷販売されるものであった。近年は閲覧用目録がWEBで公開されるようになっている。文書館の目録は閲覧用目録というよりは博物館の管理目録に似ているのではないか。ISADの記述項目を見ると、すべての項目内容を一般公開できるとは思えず、アーキビストのための管理項目が含まれている。
7〜10.記述・典拠・主題の国際標準・指針  MLA界の目録記述の国際標準について。アーカイブズの場合はICAの国際標準と各国の国内規則。図書館ではIFLA(国際図書館連盟)などが策定している国際的な枠組みと国内規則について。博物館についてはIGMOI(博物館資料情報を記述するため国際指針)などを紹介。
11〜14.資料の記述と編成、目録の利用目的  記述構造と資料編成の関係がMLAそれそれで異なっている。利用目的も、管理のためか利用者のためかという大きな違いがある。
15.機械可読化フォーマット  目録の機械化について。MLAそれぞれが使用しているコンピュータ目録のフォーマットを紹介し、さらにそれが近年どのように変化してきたのか、これからどうなるのかも概括した。
16〜19. データ・モデルとメタデータ記述について  ここからがある意味今回の講義の中心と言える。最新の記述モデルについての紹介と、データとデータをつなぐためのオントロジについての概説。図書館はIFLA LRM、博物館ではCIDOC Relational Data Model、文書館ではRiC(Records in Context)という、それぞれ実体関連分析に基づく新たな目録概念モデルが提示されている。これらをつなぐ(ブリッジ)ことを可能にするのがオントロジという共通概念である。LOD(Linked Open Data)化フォーマットがMLAそれぞれの世界で模索されており、三つの世界の目録をWEBでつなぐ試みが進んでいる。

まとめと感想  徐々に抽象的な概念の説明へと至る今回の研修では、特に15番以降が、今後MLA界の目録データをつなぐための試みとその考え方の概説であったが、これを日常業務にどう落とし込んでいくのかを考えるのは難しいと受け止めた受講者が多かったのではなかろうか。田窪先生は今回の講義を「なにかの時に役に立つであろう教養講座だと考えてほしい」と締めくくられた。最後に主催者の辻川氏が語られた、「世界がこのような方向に向かっているときに対応できなければ、日本のアーカイブズ界がガラパゴス化していくことになる。近畿部会だけで取り組める問題ではないが、目録規則の本格的な研修は初めてなので、課題について認識できたことに意義がある」という言葉が印象的であった。

第3回「RiC(Records in Contexts) 新しい概念モデルの概説」

2021年12月21日
講師 谷合佳代子(エル・ライブラリー)
概要:まず、第1回研修の補足を行ったのち、RiCについてその概要を以下のように説明した。
・アーカイブズという資料の特質を、その資料が生み出された背景・文脈の中でとらえるという考え方を基本とする概念モデル
・ICA(国際文書館評議会)が策定している既存の4つの国際標準を統合し、実体関連分析を導入して抽象化したもの
・アーカイブズ記述を構成する実体間の関連を説明することによって、資料と資料の関係、資料と作成者の関係を表現できるようにする
・概念モデル(RiC-CM)とオントロジー(RiC-O)を組み合わせて利用する
・2022年中に正式公開される(現在は予備版第2版=RiC-CM0.2)

ISADとの違いについては、以下のとおりである。
・「出所原則」を尊重するISADと異なり、RiCは記録資料の出所が非常に複雑なものであることを前提に、それらの「関連を重視」している。
・一つのファイルの中に複数の出所を持つ文書が含まれていることがしばしばある。それらを的確に表現できるのがRiCである。
・RiCは階層構造にあまり関心がないけれど、階層記述を否定しているわけではない。
・目録をRDFの「グラフ」として表現する。

 RiCは日本語訳が発行されていないため、既存の国際標準の邦訳を参考に谷合の仮訳で説明した。アーカイブ記述を構成する22の実体(エンティティ)を措定し、それらの関連を記述していくための考え方を示すのがRiCである。大きく分けると、書誌情報である「レコード・リソース」、典拠レコードを示す「エージェント(行為主体)」、事件や活動を示す「イベント」などの実体がICAのWEBサイトで図示されており、研修ではその図を元にそれぞれの実体の意味を解説した。
 さらに、その「実体」の記述要素を説明するのが「属性」である。研修では「個人」という実体を例にして「個人」を構成する8つの属性(識別子、名称、歴史/履歴、言語など)を説明した。
 そして、「実体」と「実体」とを結ぶ関連を図示したグラフを二つ例示して説明した。研修で取り上げたのはフランスのニエプス博物館のフォンドとフランス国立公文書館のフォンドである。
 さらに、エル・ライブラリーの所蔵資料「藤永田造船所争議資料」を元にRiCに基づいて記述した「団体」(典拠レコードにあたる)を例示し、資料群の関連をグラフを用いて表示した。
 研修終了後、エル・ライブラリー下久保恵子特別研究員が作成した、RiCに基づく書誌情報の記入例を参照資料として参加者にメール配布した。

第4回「AtoMの概要説明と実演」

2022年2月26日
講師 櫻田和也(大阪市立大学大学院文学研究科都市文化研究センター研究員)
内容:前半は「デジタル・アーカイブの実装:AtoMを事例として」と題して講義し、後半は各自1台ずつのPCを使ってAtoMへの入力を行った。
 前半の講義ではまずAtoMの概要について確認し、ICAのサイトや開発者のサイトを見ながら説明した。AtoMを使用している海外の優れたデジタルアーカイブサイトの紹介も行った。また、講師が管理者を務めるhttps://atom.log.osaka/ を例示しながら、入力項目の説明を行った。このAtoMサイトは、あまがさきアーカイブズ、NPO法人記録と表現とメディアのための組織、大阪市立大学都市研究プラザ、エル・ライブラリーの4機関が共同利用している。今回の実習ではこのサイトにさらに「全史料協近畿部会」というアーカイブズ機関を仮設し、参加者がそれぞれにアーカイブ記述を書き込んでいくことにした。
 後半の実習では参加者全員にIDとパスワードが与えられ、全員が同じデータを使用して、フォンド・ファイル・アイテムを記入していった。データはあまがさきアーカイブズが実際に所有する資料から、近世文書と近現代の公文書の2種類を用意してもらった。実際には時間が足りず、全員が公文書に基づくフォンドを完成させるまでで終わった。
 途中でAtoMのサーバーが落ちるというアクシデントがあり、入力途中のデータが消失してしまった参加者もいたが、サーバーが落ちたことにより、急遽講師が遠隔操作でサーバーの増強と再起動を行う様子を受講生が目撃できるという稀有な体験もできた。
 今回の実習ではまずフォンドを記述し、以下順に階層構造を降りていく記述方式をとったが、AtoMはどの階層から入力することも可能であるということが講師から説明された。つまり、アイテムから記述することも可能である。また、記述の精粗があってもかまわないし、途中の階層を飛ばしてもよいという説明もされた。

アンケート結果から

最終回の参加者は16名で、アンケートの回収数は8である。1回から4回までの満足度や感想を聞いた結果は以下の通り。
第1回:満足5、やや満足2、無回答1
第2回:満足4、やや満足1、どちらともいえない1、無回答2
第3回:満足3、やや満足2、無回答3
第4回:満足5、やや満足3
※無回答の理由は当該研修回に参加していないため回答不能であったとのこと。
回ごとに感想を尋ねているが、具体的な記述は少なく、やはり最終回について詳しく回答された方が多かった。
例えば、「既存データ(エクセル等)との関連づけ(とり込み)について、実習があった方が充実したものになったと思う」という感想があった。今回の実習では「Excel(CSV)からのデータ一括とり込みは可能である」という説明のみであり、参加者に実習してもらうことはできなかった。実際にそのとり込み作業を行うのは実習では難しいと思われる。今回の実習ではサーバーを立ち上げたりシステムをダウンロードして設定することは行っていない。それはかなりハードルが高い作業であり、上級者向けになるので、今回は見送った。
今後の希望について尋ねた項目では、「今回の連続研修のテーマで、継続的に勉強会が開催されれば、参加したい」「少し先に、各機関でのとりくみ紹介しあいができればと思いました」といったコメントが寄せられた。全体をとおしての感想では、一人ではなかなか学ぶことができない研修を体験できたことへの感謝が述べられていた。

AtoMコミュニティ構築にむけての今後の展望

 今回の実習は、ICAが策定している国際標準に基づいたアーカイブズ記述の実際を体感してもらうというのが最終目的であった。つまり、AtoMという複数機関で共有できる入力システムをいずれ全史料協で広めていきたいという目論見があったのである。
 AtoMを実際に導入するとなるとシステム管理の知識が必要になるので、個々の機関では難しいと思われる。だからこそ、全史料協という団体でサーバーを共有していければ、費用面でも人材面でも助け合うことが可能となるのではないだろうか。
 今回の研修では実務上のハウツーを学ぶという目的だけではなく、目録規則そのものの動向や考え方を知ったうえで各館の課題が見えてくれば何よりと考えてプログラムを組んだ。まだまだ改善の余地があると思うが、この続きを行うことができればと願っている。
 エル・ライブラリーでは今後、AtoM入力のための細則策定に向けてスタッフの協議を始めていく予定である。これを公開の場で行うことができれば、研修の一助ともなるのではと考える。会員のみなさんのお知恵もいただきながら、アーカイブズ資料の組織化と目録の標準化へ向けて一歩でも前に進んでいきたい。最後に、講師を務めてくださった田窪直規先生と櫻田和也先生に心から感謝を申し上げる。ありがとうございました。(以上)


研修参加記

AtoM実習を受講して

森井 雅人(エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館))


 2月26日(土)に目録規則等研修会の最終として、近畿大学でAtoMへのアクセス、入力の実習練習が開催された。新型コロナの状況が必ずしも収束とは言い切れない状況のなか、近畿大学・冨岡先生のご尽力で大学構内の演習施設を提供いただいた。改めてお礼を言いたい。
 内容は櫻田和也先生のご指導で、デジタルアーカイブを構築するためのAtoMをもとにして、入力の実際の方法を実践するものである。第一回の研修で「国際標準」なるものが4つあることを知り、どないなるのやろと不安を抱きながらの受講であったが、ツリーの基本構造がフォンド→シリーズ→ファイル→アイテムで成り立っていることが頭に明確にインプットされたこと、また規則の運用の考え方次第で、ある人には「サブフォンド」であっても別の人には「ファイル」になることも間違いでないこともわかった。これは運用者が資料に対してどう向き合うのか反映されるのであり、報告者としては図書館目録とはちがうおもしろさを感じた。また階層構造とは別次元のRICは資料の背景・文脈をとらえることで、資料の相互関係をとらまえた概念モデルであるが、モデルを「定義」する用語があまりにも「哲学的?」であったため、理解に苦労した。しかしこれは実際のアーカイブを自ら作業を繰り返すことで理解が増すのではと楽観視している。オン・ザ・ジョブ・トレーニングである。
 今回の研修会は関西ローカルと思っていたが、なんと神奈川県など関東から来られたかたもいた。終了後、若干やりとりをしたが、こういう研鑽会、情報交換会の機会は希有なのだという。図書館・博物館・文書館どうしのやりとりは皆無だという。こういうルールの構築は今後全国的な広がりを目指してまた開催されることを期待するものである。